2018年4月アーカイブ

封建的な身分制度や家族制度に立脚した礼儀作法も、第二次大戦後、民主憲法が施行されて、制度のうえから、また観念のうえからも、封建時代の残滓(ざんさい - 残りかす)がとり去られるとともに、礼儀作法のうえでも、過去の残滓がとり去られ、欧米流のエチケットが大幅にとりいれられて、民主主義時代の礼儀作法ともいうべき今日の礼儀作法が生まれたのです。

欧米流のエチケットは、キリスト教の博愛の精神と、自由・平等の思想にもとづいたもので、おたがいに相手の人権を尊重しあい、親愛の情を示しあって、気持ちよくつきあってゆくようにしようというのが根本の態度とされています。

そのうえ、中世の騎士道の精神によって、婦人が尊重された結果、社交上でもつねに婦人を優位におくという習わしがあります。

今日の日本の礼儀作法には、生活様式の相違などからたとえば、おじぎのしかたとか、座敷での坐りかたなどというように、昔ながらのしきたりが数多く残っており、欧米流のエチケットそのままではありませんが、根本の精神においては、エチケットに近いものになってきているといえます。

その今日の礼儀作法のうち、とくに〈冠婚葬祭〉の儀式や行事とつながりの深い作法について、ひととおりまとめてみたいと思います。



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戦前の礼儀作法

封建時代の礼儀作法は、明治以後も、封建時代の身分制度や家族制度が、多少形を変えて残ったため、伝統的な美風であり、もっとも正しい礼儀作法であるとして、墨守されることとなりました。

そのため、たとえば、警官は良民に対しても、〈オイコラ〉式の高飛車な物言いをしてはばからず、良民もまた、屈辱をこらえて、〈ヘェ、旦那〉式に相手を奉るというようなこともおこなわれ、男女の関係にしても、女性がなにか自分の正しいと思うことを発言しても「女のくせに出しゃばるな」と押さえられ、反対に、なにか正しいと思うことがあっても、「わたしは女ですから、むずかしいことはなにもわかりません」といった態度で控えているほうが、〈女らしく、つつましい〉としてほめられるというふうだったのです。

つまり、第二次大戦が終わるまでの日本の礼儀作法は封建的な身分制度や家族制度に立脚し、官尊民卑、男尊女卑、子は親のもの、召使いは主人に従属するものといった誤った思想を背景としたもので、封建時代の礼儀作法と、さほど遠いものではなかったのです。



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